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2016年11月23日水曜日

『ランセット: 糖尿病と内分泌学』掲載の高村レターへの反論レターの和訳

『The Lancet: Diabetes and Endocrinology』12月号に、8月号に掲載された高村らのレター "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl" への反論レター  "Misrepresented risk of thyroid cancer in Fukushima" が、著者らのリプライと共に掲載された。著作権の関係で、掲載された文章の和訳を公表することはできないが、校正前のレターの和訳の公表は問題ないとエディターから了承を得た。以下は、校正前の原文とその和訳であるが、字数制限下で書かれた原文の意味をわかりやすくするために、和訳では足りない部分を補うか意訳している部分があるので了承願いたい。なお、ランセットではすべての投稿がランセット独自のスタイルに校正されることになっていると説明されたが、あくまでも読者にわかりやすくするための校正であり、実質、内容に変化はなかった。また、このレターの内容は、岩波書店『科学』11月号に寄稿した「チェルノブイリと福島のデータの誤解を招く比較」で、より詳細に説明されている。

*高村らのレター "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl" は、2016年9月14日に開催された第24回福島県「県民健康調査」検討委員会で資料8「福島とチェルノブイリにおける甲状腺がんの発症パターンの相違についてとして提出されている。

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福島の甲状腺がんリスクが不正確に伝えられている

2011年の核惨事後の福島県での放射線被ばくと甲状腺がんの因果関係は、論争の的となっているトピックである。高村ら(1)は、福島県で見つかっている甲状腺がん症例が「スクリーニング効果」に起因するとし、時期尚早に、そして紛らわしい方法で放射線影響を否定している。


高村らは、ベラルーシの0〜15歳のデータから、1986年のチェルノブイリ事故から4年後の1990年に、事故当時0〜5歳だった子どもたちで甲状腺がんの発症率が増加し始めた、としている。チェルノブイリ事故から4〜10年後に甲状腺がん手術数が最も多かったのは、年齢が低いグループだった。2011年10月〜2014年3月に実施された1巡目検査で見つかった113例の甲状腺がんのほとんどが年齢が高いグループで見つかっているために、この113例は「スクリーニング効果」である可能性が高い、と著者らは結論づけた。しかし、より論理的な結論が示唆するのは、事故から4〜10年後の福島でベラルーシと同様の傾向が見られるかもしれない、ということである。事故後の異なる期間(ベラルーシでは事故から3〜4年後、福島では事故直後の3〜4年間)や、異なる年齢グループ(ベラルーシでは0〜15歳、福島では0〜18歳)を比較することは、妥当ではない。

高村らは、福島での甲状腺被ばく線量が低いため、「(事故後)4年以内に検出可能な甲状腺がんの過剰発生が(この低い線量で)起こったとは考えにくい」と主張している。その一方、津田らは、福島県の甲状腺がんデータの疫学的分析を行い、(事故後)4年以内に甲状腺がんの過剰発生が検出されたと結論づけている(2)。高村らはまた、甲状腺被ばく線量測定のサンプルサイズの小ささ(1080人vsコホート全体の36万人)や、測定時のバックグラウンド放射線レベルの高さなどが不確かさや過小評価につながるという、甲状腺被ばく線量実測値(3)の問題点を無視している。この(チェルノブイリの線量より低い)被ばく線量実測値を強調することにより、行動パターンや飲食の個人差による、より高い被ばく線量が見落とされるかもしれない。なによりも、がん症例の甲状腺被ばく線量は把握されていないし、(被ばくによる)影響は直線的である。最近の証拠では低線量でがんリスクが増加することが示されており(4,5)、さらに、明らかなしきい値線量というものはないのである。たとえ、この(1巡目終了時の)時点で福島の集団において統計的に検出可能な過剰発生がないとしても、福島原発事故によるがんリスクがまったくないことにはならない。


校正前の投稿原文
Misrepresented risk of thyroid cancer in Fukushima

Causal relation between radiation exposure and thyroid cancer in Fukushima after the 2011 nuclear disaster is a controversial topic. Takamura et al. [1] prematurely and misleadingly dismiss the radiation effect in attributing thyroid cancer cases detected in Fukushima to “an effect of screening”.

Takamura et al. observe from the Belarussian data for ages 0-15 years that starting in 1990, four years after the 1986 Chernobyl accident, the incidence of thyroid cancer had increased in children who were 0-5 years at the time of the accident. The highest number of thyroid cancer surgeries was in younger age groups 4-10 years after Chernobyl. The authors conclude that 113 thyroid cancer cases in Fukushima, detected mostly in older age groups in the first screening cycle from October 2011 to March 2014, are likely due to “an effect of screening.” A more logical conclusion suggests a similar trend in Fukushima in 4-10 years after the accident. It is not valid to compare two different post-accident periods—after (Belarus) and during (Fukushima) the first 3-4 years, or different age ranges (0-15 in Belarus vs. 0-18 in Fukushima). 

While Takamura et al. declare that Fukushima’s low thyroid dose levels are “unlikely to have caused a detectable excess in thyroid cancer within 4 years,” Tsuda et al. concluded in their epidemiological analysis of the cancer data that an excess of thyroid cancer was detected within 4 years [2]. Takamura et al. disregard the shortcomings of the thyroid dose measurements [3], including a small sample size (1,080 vs. 360,000 children in the full cohort) and high background radiation levels leading to uncertainties and underestimation. Focus on these doses might overlook potentially higher doses due to individual variation in exposure from behavior patterns and intake of food and water. Critically, the thyroid exposure doses of the cancer cases are unknown and the effect is likely to be linear. More recent evidence points toward increased cancer risks at low doses [4,5], with no apparent dose threshold. Even if a statistically detectable excess were absent at this timepoint for the Fukushima population, it does not mean the absence of cancer risk from the event. 

2016年10月14日金曜日

福島県の甲状腺がん症例の臨床病理学的データ:2016年10月

*この記事の英語版はこちら

2016年9月26〜27日に福島市で、第5回福島国際専門家会議「福島における甲状腺課題の解決に向けて~チェルノブイリ30周年の教訓を福島原発事故5年に活かす」が開催された。(動画やパワーポイント資料はこちらで公開されている。)この会議の主催は日本財団、共催は福島県立医科大学、長崎大学と笹川記念保健協力財団、後援は福島県、日本医師会、日本看護協会、日本薬剤師会と広島大学だった。プログラムPDFは、こちらからダウンロードできる。2011年以降、2012年以外は毎年開催されているこの会議については、福島県立医科大学の放射線医学県民健康管理センター英語ページアーカイブが収録されている( 第1回 第2回 第3回第4回)。首相官邸災害対策ページの原子力災害専門家グループのセクションには、山下俊一氏による第2回第3回の日本語報告がある。

発表者の一部は、”福島はチェルノブイリとは違う” ことを強調し、これまでの福島県で見つかっている甲状腺がんが大規模スクリーニング検査を行った結果のスクリーニング効果であると主張し、がん検診による過剰診断のリスクを強調した。この会議では、福島県で行なわれている甲状腺検査についての何らかの声明が出されることになっていたので、もしや検査の縮小が提言されるのではないかと懸念されたが、最後のパネルディスカッションはまとまった意見に繋がらなかった。提言は後日発表されるということである。


福島県立医科大学の甲状腺外科医 鈴木眞一氏の発表は、甲状腺検査の結果についてであったが、冒頭に甲状腺検査の基本情報と1〜2巡目の結果が紹介された後にパワーポイントのスライドに映り始めたのは、2015年8月31日以来まったく公表されていない、手術症例の詳細だった。鈴木眞一氏は、県民健康調査検討委員会に初期から参加し、甲状腺検査結果を発表してきていたが、2015年春からは甲状腺検査関連の臨床に集中することになり、2015年5月18日の第19回県民健康調査検討委員会以降は、甲状腺検査の検査自体の責任者である大津留晶氏が検討委員会で結果発表を行っている。福島県立医科大学の基本スタンスは、細胞診、手術や経過観察などは甲状腺検査そのものから通常診療に移行するため、臨床情報は個人の医療情報となるので公表できないというものである。その一方では、学会や論文で一部の臨床情報を公表しており、検討委員会でも甲状腺検査評価部会でも問題となっていた。特に2014年には、2014年8月末の第52回日本癌治療学会学術集会や、2014年11月中旬の日本甲状腺学会学術集会で、それまで公表されていなかった臨床情報を発表していた(詳細は、この記事を参照のこと)。それ以降、2014年11月11日の第4回甲状腺検査評価部会と、2015年8月31日の第20回県民健康調査検討委員会の2度にわたり、「手術の適応症例について」という文書で臨床情報の一部を公表してきた。2014年の「手術の適応症例について」では、2014年6月30日時点での1巡目の手術例58例中54例について、そして、2015年の「手術の適応症例について」では、2015年3月31日時点での1巡目の手術例99例と2巡目の手術例5例の合計104例中96例について報告されている。


今回発表されたのは、2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で報告された、2016年3月31日時点での1巡目の手術例102例と2巡目の手術例30例の中から、1巡目の良性結節1例と他施設で手術が施行された6例(おそらく1巡目)を除く125例についての情報である。1巡目の95例と2巡目の30例が含まれていると思われる。


鈴木眞一氏の英語発表「福島原子力発電所事故後の小児期と思春期での甲状腺がん」は、以下の動画1:45:25頃から始まり、日本語の同時通訳が入っている。残念ながら、鈴木氏の発言はすべてが聞き取れず、また同時通訳でもすべてが捉えられていないため、ここでは書き起こしはせず、パワーポイントのスライドの一部のスクリーンショットを紹介し、その内容をできるだけ一般の人たちにもわかるように解説するに留めるので、ご了承願いたい。





注:この発表の12日前の9月14日には、2016年6月30日時点での結果が公表されてはいたが、鈴木氏が用いたデータは、2016年3月31日時点のもの(1巡目結果2巡目結果)である。(1巡目結果は、2015年8月31日に確定版が出た後、2016年3月31日時点でのがん症例と手術症例をそれぞれ3例ずつ追加した追補版が出ており、今回鈴木氏が用いたのは、追補版データである。)

追記(2016年12月8日):公式サイトで英語音声の公式動画が公開されていた。パワーポイント資料のPDFはこちら


スライド1:福島県の甲状腺検査の2012年8月〜2016年3月の手術症例



この発表は、2012年8月から2016年3月に福島医大で手術を受けた125例についてである。この期間中の手術例132例中、126例は福島医大で施行され、1例が良性結節、125例が甲状腺がんと確定した。残りの6例は、他の医療機関で手術が実施された。(注:2015年8月の「手術の適応症例について」では、 「7例は他施設で実施された」となっているが、今回の発表ではこれが「6例」とされている。しかし鈴木氏は、この食い違いについて言及しなかった。)


2016年3月31日時点では、1巡目では102例が手術を受け、1例が良性結節、101例が甲状腺がんと確定している。一方、2巡目では57例の悪性ないし悪性疑いのうち、30例が手術で甲状腺がんと確定している。他の医療機関で手術が実施された「6例」に2巡目の症例が含まれているかどうかは明らかでない。


スライド2:福島医大での甲状腺がん125症例の特徴




125症例中、44例が男性、81例が女性で、男女比は1:1.8だった。(註1)

事故当時年齢(被ばく時年齢)は、5〜18歳、平均年齢は14.8 ± 2.7歳だった。

二次検査時年齢は9〜23歳、平均年齢は17.8 ± 3.1だった。

腫瘍の位置は、121例(96.8%)で片側、4例(3.2%)で両側だった。片側の121例中、67例が右葉、53例が左葉、1例が峡部で見つかった。


註1:甲状腺がんは女性に多いことで知られており、男女比は年齢が上がるにつれて低下する傾向がある。2009年の米国研究では、症例の94.5%が年齢10歳以上で、男女比は1:4.3だった[1]。イングランドとウェールズでの1963〜1992年のがん登録データを分析した1995年論文では、5〜9歳の男女比が1:1.25、10〜14歳の男女比が1:3.1だった[2]。また男女比は、放射線被ばくにより大きくなることも知られている。チェルノブイリ事故後のベラルーシ、ウクライナとロシアでの被ばく群を、同じ地域での非被ばく群、そしてイングラントとウェールズおよび日本の非被ばく群と比較した2008年論文では、非被ばく群での男女比は、全体で1:4.2、10歳未満で1:2.4、10歳以上で1:5.2だったが、被ばく群での男女比は、全体で1:1.5、10歳未満で1:1.3、10歳以上で1:1.6だった[3]。


スライド3:125例の術前診断(その1)


このスライドでは、手術前の臨床分類が示されている。ここでは「Ex」が用いられているため、甲状腺癌取扱い規約による分類と思われるが、UICC(国際対がん連合)の分類とほぼ同じである。

文字の前についている"c"は"clinical(臨床的)"の略で、臨床分類を意味し、治療開始前に使われる。一方、"p"は"pathological(病理学的)"の略で、病理分類を意味し、手術や病理組織学的な情報に基づいている。このスライドは、「術前診断」についてなので、"c"が用いられている。

125のがん症例のエコー検査による腫瘍径の平均値は14.0 ± 8.5 mmで、最小が5 mm、最大が53 mmだった。(注:最大腫瘍径は1巡目で45.0 mm、2巡目で35.6 mmと報告されている。”53 mm”がどこから派生したのか不明である。)

腫瘍の場所とサイズ(cT)
101例(80.8%)がcT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  44例がcT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  57例がcT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
12例がcT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
12例がcT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

リンパ節転移(cN)

28例(22.4%)がcN1で、首のリンパ節に転移していた。
  5例がcN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  23例がcN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

遠隔転移(cM)

3例(2.4%)で遠隔転移(前回の報告によると、少なくとも2例は肺)が見つかった。これまで遠隔転移症例についての臨床的情報は公表されていないので、今回が初めてとなる。なお、この3例については、術前診断と術後診断の両方が記載されている。
1)男性、震災時16歳、診断時19歳 
  術前診断 cT3 cN1a cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移: 首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1a pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

2)男性、震災時16歳、診断時18歳
  術前診断 cT3 cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT2 pEX0 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下
    甲状腺外浸潤:なし
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

3)女性、震災時10歳、診断時13歳

  術前診断 cT1b cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり


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【参考情報】甲状腺癌取扱い規約でのTNM分類(PDFはこちらからダウンロード)
T分類:原発腫瘍について
T0:原発腫瘍を認めない
T1:甲状腺に限局し最大径が2 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 2 cm)
  T1a:甲状腺に限局し最大径が1 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 1 cm)
  T1b:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下の腫瘍(1 cm < 最大径  2 cm)
T2:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下の腫瘍(2 cm < 最大径 ≤ 4 cm)
T3:甲状腺に限局し最大径が4 cmをこえる腫瘍(4 cm < 最大径)、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展(胸骨甲状筋あるいは甲状腺周囲脂肪組織に進展)する腫瘍。(注:微少進展はEx1に相当する)
T4:大きさを問わず甲状腺の被膜をこえて上記以外の組織あるいは臓器にも進展する腫瘍。(注:Ex2に相当する)
  T4a:甲状腺の被膜を超えて上記以外の組織あるいは臓器にも進展するが、下記の進展を伴わないもの
  T4b:椎骨前筋群の筋膜、縦隔の大血管に浸潤するあるいは頸動脈を取り囲む腫瘍
TX:原発腫瘍の評価が不可能

N分類:所属リンパ節

N0:所属リンパ節転移なし
N1:所属リンパ節転移あり
  N1a:頚部中央区域リンパ節に転移あり
  N1b:一側、両側もしくは対側の頚部外側区域リンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
NX:所属リンパ節転移の評価が不可能
注:I、II、IIIおよびIVを頚部中央区域リンパ節、Va、Vb、VI、VIIを頚部外側区域リンパ節と総称する。(所属リンパ節分類については、下記参照)

M分類:遠隔転移

M0:遠隔転移を認めない
M1:遠隔転移を認める
MX:遠隔転移の有無の評価が不可能

Ex分類:甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤

Ex0:浸潤が甲状腺被膜をこえないもの
Ex1:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまるもの
Ex2:浸潤が甲状腺被膜をこえ、上記以外の組織あるいは臓器に明らかに波及しているもの
ExX:不明のもの
注:胸骨甲状筋、脂肪組織以外の臓器に癒着がみられるが、鋭的剥離が可能な場合にはEx1とみなす。

※甲状腺癌取扱い規約での所属リンパ節分類(甲状腺癌取扱い規約2005年9月【第6版】)

I   喉頭前:甲状軟骨、輪状軟骨前面のリンパ節。
II  気管前:甲状腺下縁から尾側方向に頚部から郭清し得る気管前のリンパ節。
III 気管傍:気管側面のリンパ節で、尾側は頚部から郭清し得る範囲、頭側は反回神経が喉頭に入るところまでとする。
IV 甲状腺周囲:甲状腺の前面および側面の甲状腺に接するリンパ節で、外側は中甲状腺静脈を結紮、切離した場合、甲状腺に付着するものをIVとする。
V  上内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より頭側のもの。これをさらに総頸動脈分岐部で上下に二分する。
  Va:総頸動脈分岐部より尾側のリンパ節。
  Vb:総頸動脈分岐部より頭側のリンパ節。
VI 下内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より尾側のもの。鎖骨上窩のリンパ節を含む。
VII 外深頸:胸鎖乳突起後縁と僧帽筋前縁と肩甲舌骨筋でつくる三角のリンパ節
VIII   顎下:顎下三角のリンパ節
IX  オトガイ下:オトガイ下三角のリンパ節
X   浅頸:胸骨舌骨筋および胸鎖乳突起の浅葉筋膜より表層のリンパ節
XI  上縦隔:頸部操作では摘出できない上縦隔リンパ節


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スライド4:125例の術前診断(その2)


このスライドはスライド3と似ているが、ここでは、44例の "cT1a cN0 cM0" と分類されたがん、つまり、腫瘍径が10 mm以下(スライドでは10 mm未満とされているが、T1aの定義では10 mm以下)で、かつ臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られないがんで、なぜ手術が実施されたかという理由が示されている。10 mm以下の甲状腺がんは「甲状腺微小がん」と呼ばれ、リンパ節転移や遠隔転移を伴わない場合はリスクが低いとされ、成人では手術をせずに経過観察する場合もある。だが、小児や思春期の若者では必ずしもリスクが低いというエビデンスがない。

この44例中、11例は手術をせずに経過観察することを勧められたが、本人または家族の希望により手術が施行された。残りの33例では、次のような状況(ひとつ以上当てはまる場合があると思われる)が疑われたために手術が実施された。
  20例:Ex1かEx2の甲状腺被膜外浸潤
    3例:N1a(首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
  10例:反回神経への侵襲
    7例:気管への侵襲
    1例:バセドウ病
    1例:肺のすりガラス陰影(Ground-glass opacity、略してGGO)

スライド5:手術方式



11例(8.8%)で甲状腺全摘手術が行われ、切開創は4〜5 cmであった。114例(91.2%)では甲状腺の片葉切除が行われ、甲状腺の一部のみが摘出され、切開創は3 cmに留められた。

リンパ節郭清は全症例で実施された。中央区域は全症例で実施され、22例(17.6%)ではさらに外側区域でも実施された。リンパ節分類に関しては、スライド3の解説の最後の部分を参照のこと。

日本ではがん取扱い規約により、リンパ節郭清がその範囲により”D分類”として分類されている。このD分類は日本独特のものではあるが、部分的には米国頭頸部学会と米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会により定義された選択的リンパ節郭清(selective neck dissection, SND)に相当するものもある[4 D分類は、最新の甲状腺取扱い規約第7版では第6版から多少変更されているが、以下の図に両方が記載されている(出典はこちら)。


これは、米国と日本の所属リンパ節分類との互換票である。(出典はこちら
D1はSND (VI)、D2aはSND (III, IV, VI)、D2bはSND (II-V, VI)、D3aはSND (III,IV, VI)に相当すると思われる。

スライド6:術後診断(その1)
このスライドでは、術後病理診断が示されている。



腫瘍の場所とサイズ(pT)

74例(59.2%)がpT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  43例がpT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  31例がpT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
2例がpT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
49例がpT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

甲状腺外浸潤(pEx)

49例(39.2%)がpEx1で、浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまっていた。

リンパ節転移(pN)
97例(77.6%)がpN1で、首のリンパ節に転移していた。
  76例がpN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  21例がpN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

以下に、術前診断(左)と術後病理診断(右)のスライドを隣同士に置いてみた。こうして比べると、術後の病理診断の結果、甲状腺に限局して腫瘍径が2 cm以下の腫瘍が減少し、甲状腺浸潤Ex1と首のリンパ節への転移が術前より多くなっているのがわかる。

49例がpEx1とされているが、これはpT3と同じ数であることから、この49例のpT3は、甲状腺に限局して40 mmこえというよりも、「大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展」していると思われる。


リンパ節転移では、術前の5例のN1aが、リンパ節郭清後には76例にまで増えている。






スライド7:術後診断(その2)


このスライドでは、スライド4で解説した、腫瘍径が10 mm以下で臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られない44例の "cT1a cN0 cM0" の術後病理診断が示されている。

経過観察を勧められたが手術を受けた11例のうち、2例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった。

残りの33例では、甲状腺被膜外浸潤、リンパ節転移、反回神経や気管への侵襲、バセドウ病や肺のすりガラス陰影が疑われたために手術が実施されたが、3例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった

合わせると、腫瘍径が10 mm以下だった44例のうち、手術により5例で腫瘍径が10 mm以下であることが確認され、その5例には、リンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見られなかったことになる。この5例には手術が不必要だったといえるかもしれないが、しかしこれは手術を行ったからわかったことであり、手術前の状況では、この33例には手術が適応されるべきだった。

不思議なことに、2015年8月の報告書では、術後病理診断で「リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 pM0)は8例(8%)であった」と記述されている。今回、その8例が5例に減っていることになるが、鈴木氏からは何の説明もなかった。しかし、発表後の質疑応答時に再発例の数を聞かれた際、鈴木氏は実際の再発数には言及せず、「外国の方もいらっしゃるので、"few"とだけ申し上げます」と答えた。英文法的には、"few cases"は、”ほとんどなかった”という意味あいになり、"A few cases"というと、”2〜3例あった”という意味にとれる。再発例が出ているのは、「311甲状腺がん家族の会」の記者会見でも言及されている。鈴木氏が、"few"か"a few"のどちらを意味したのかは明らかではないにしても、数を聞かれた上での答えなので、"a few"の方だと思われる。すると、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も遠隔転移も見られない症例が「8例」から「5例」に減ったのは、もしかして「8例」のうち「3例」が再発したためかもしれないとも考えられる。

スライド8:甲状腺がん125例の病理組織型


このスライドでは、125例の甲状腺がんの病理組織型が示されている。121例が乳頭がん、3例が低分化がん、1例がその他の甲状腺がんだった。

121例 甲状腺乳頭がん
   110例 通常型乳頭がん
    4例 濾胞型乳頭がん(註2)
    3例 びまん性硬化型乳頭がん
    0例 充実型乳頭がん
    4例 モルラ型乳頭がん(註3)
3例  低分化がん
1例  その他の甲状腺がん

この発表データの元となっているのは2016年3月31日時点での結果であるが、その結果が報告された2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で発表された1巡目結果の追補版では、低分化がん3例のうち2例が乳頭がんと再分類されている。委員会では、この再分類は甲状腺癌取扱い規約の改訂によるものと説明されたが、改訂内容そのものについては触れられなかったので、乳頭がんに再分類された2例の亜型は不明である。(だが、以下のスクリーンショットの内容では、2014年の第47回甲状腺外科学会学術集会での、甲状腺癌取扱い規約の改訂における低分化がんの扱いについての発表では、低分化成分の割合による再分類と、低分化型乳頭がんの充実型乳頭がんとしての再分類の2通りの再分類に触れられている。福島での低分化がん2例の乳頭がんへの再分類がどちらに当てはまるのかわからない。)(このアブストラクトのPDFダウンロードリンクはこちら


また、”その他の甲状腺がん”については、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会において初めて、2巡目で手術確定した34例の甲状腺がんのうち、1例が「甲状腺癌取扱い規約で ”その他の甲状腺がん” に分類されている甲状腺がん」であることが明らかにされた。この発表データの元となる結果では、2巡目で手術確定された30例は乳頭がんであるとされているが、この30例中1例が ”その他の甲状腺がん” に再分類されたのか、第24回検討委員会で発表された新たな手術確定症例4例中1例が ”その他の甲状腺がん” に分類されたのかは明らかではない。

鈴木氏は、チェルノブイリでよく見られた充実型乳頭がんは福島では見られていないことを強調していた。福島県の小児甲状腺がんで充実型乳頭がんが見つかっていないことは、「福島はチェルノブイリとは違う」(つまり、福島の甲状腺がんは放射線影響とは考えにくい)という公式見解の裏付けのひとつとされている。しかし、充実性乳頭がんは放射線被ばくに限定されているわけではなく、チェルノブイリで充実性乳頭がんが多く見られたのは、初期の症例の年齢が低かったためかもしれない[5,6,7]。また、 この研究では、日本での小児甲状腺乳頭がんでは充実型がみられなかった[8]。 

参考:甲状腺乳頭癌の特殊型(2016)(PDFダウンロードリンク

註2:最近、被包型甲状腺乳頭がん濾胞亜型(EFVPTC = encapsulated follicular variant of papillary thyroid carcinoma)が、NIFTP(noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features)と呼ばれる良性腫瘍として再分類された[9]。福島県の甲状腺検査で診断されている甲状腺乳頭がん濾胞型にこの再分類が適用されるかどうかは、検討委員会で話題に出ていない。しかし、がん症例数に変更もないため、福島県の乳頭がん濾胞型4例はEFVPTCではないと思われる。 
註3:モルラ型は、家族性大腸ポリポーシスに関連していることが多く、この4例では、APC遺伝子検査が実施されているはずである。

スライド9:甲状腺乳頭がん 診断と治療のアルゴリズム



このスライドでは、日本癌治療学会によって作成された、甲状腺乳頭がんの診断と治療のアルゴリズムが示されている。日本癌治療学会サイトに掲載されている日本語版のスクリーンショットが以下である。


スライド10:チェルノブイリ事故後のベラルーシと福島事故後の福島での手術方式の比較



このスライドでは、ベラルーシと福島での手術方式が比較されている。ベラルーシでは甲状腺全摘が半数以上を占める一方、福島では片葉切除が圧倒的に多いのがわかる。

鈴木氏は、2015年の「手術の適応症例について」で、「甲状腺は全摘すればその後はホルモン剤の服用を続ける必要があるが、片側が残っていれば残りの臓器がこれまでの機能を補うため、ホルモン剤を飲む必要も無く手術前と変わらない生活を送ることが出来る。よって当院では、明らかなハイリスク症例以外は片葉切除を選択し、患者様のQOL維持に努めている」と述べている。


また、欧米での甲状腺がんの治療は、甲状腺全摘後に放射性ヨード内用療法による残存甲状腺の破壊(アブレーション)を行うのが主流である一方、日本では伝統的に、広範囲にわたる予防的リンパ節郭清を伴う、限定的な甲状腺摘出が実施されてきた。その理由として、放射線ヨード内用療法が日本の健康保険システムでは費用効果があると考えられておらず、実施機関も法律的制限により限られていることが挙げられている[10]。

スライド11:異なるグループにおける遺伝子変異プロファイル




このスライドでは、様々なグループにおける遺伝子変異プロファイルが示されている。一番右の、青線で囲まれた部分を見ると、福島の52例の甲状腺がんの63.2%がBRAF変異陽性である。スライド右下の緑のボックス内には、長崎大学の光武範吏氏らによる2015年論文 "BRAF V600E mutation is highly prevalent in thyroid carcinomas in the young population in Fukushima: a different oncogenic profile from Chernobyl"(邦題「福島の若年層の甲状腺がんではBRAF V600E変異が高頻度である:チェルノブイリとは異なる発がんプロファイル 」)[11]の情報が記されている。(Nature日本語サイトでのアブストラクト和訳はこちら) この光武論文では、福島の68例の甲状腺がんのうち、43例(63.2%)がBRAF V600E点変異陽性だったと示されている。また光武論文では、68例のうち7例(10.3%)でRET/PTC再配置(RET/PTC1が1例、RET/PTC3が6例)が、4例(5.9%)でETV6/NTRK3再配置が検出されている。(光武論文で遺伝子分析された甲状腺がん症例数は68例である上、TRK fusionは調査されなかったので、スライドの一番右の"Fukushima" 欄で、"n=52" とか、TRK fusionが8.8%と示されている理由は不明である。また、右から2つめの、"our data Ja adults"と記されている欄の日本の成人でのデータの出所も不明である。文献検索では、日本の成人の甲状腺乳頭がんにおけるBRAF変異の頻度は、28.8%[12]、38.2%[13]、38.4%[14]、 53%[15]、そして82.1%[16]と、かなりの幅が見られた。)

2014年日本甲状腺学会の口頭発表で、鈴木眞一氏は、福島で見つかっている甲状腺がんの遺伝子変化は、「通常成人型甲状腺乳頭がん同様の変化であり、今回の症例が福島における原発事故後の小児超音波検診で発見されたものであり、通常であれば成人で発見された可能性のある癌が、検診によって小児あるいは若年の段階で発見された可能性が強い」と述べている。また、光武論文では、遺伝子分析の結果が「おそらく、日本の若年層での散発性および潜在性甲状腺がん(ラテントがん)すべての遺伝子状態を反映している」と述べられている[11]。つまり、スクリーニングなしでは(成人になるまで)発見されなかったであろう散発性がんや潜在がんが、スクリーニングによって診断されているという公式見解が、これらの甲状腺がんの遺伝子プロファイルによって支持されるという主張である。


しかし文献検索では、遺伝子変異と、放射線被ばく、年齢やヨウ素摂取状況との関連性は一律ではない。チェルノブイリ後に頻繁に見られているRET/PTC再配列は、放射線誘発性と散発性の甲状腺がんどちらでも見つかっており17、低年齢層とヨウ素欠乏地域でよく見られているとも分析されている18]。BRAF点変異は、年齢が高くなるにつれて頻繁に見つかるとされてきたが、最近の研究では、小児甲状腺乳頭がんの36.8%(年齢中央値13.7[19]と63%(年齢中央値18.6歳)[20]でBRAF V600E変異が見つかっている。またBRAF点変異は、中国ではヨウ素の高摂取との関連が見つかっているが[21]、最新の論文では、ヨウ素に豊富な国とヨウ素欠乏国との間で甲状腺乳頭がんにおけるBRAF V600E頻度に違いがないことが示されている[16]。


スライド12:チェルノブイリ後のウクライナと原発事故後の福島での甲状腺がん患者の年齢分布




このスライドで示されている棒グラフは、2014年10月に『Thyroid』に掲載された、Tronkoらによるエディターへのレター内の、事故当時年齢0〜18歳の年齢ごとの甲状腺がん症例数の、潜伏期間中と潜伏期間後の2つのグラフを重ね合わせたものである(このレターの非公式全文和訳はこちらで、放射線医学県民健康管理センターの公式日本語概要はこちら)[21]。青色の棒グラフはチェルノブイリ事故後すぐの4年間である1986〜1989年のウクライナ、赤色の棒グラフは福島原発事故後すぐの3年間である2011〜2013年の福島での、どちらも潜伏期間とみなされている期間中の甲状腺がん症例数を示している。一方、オレンジ色の棒グラフは4年間の潜伏期間後の1990〜1993年の4年間の甲状腺がん症例数を示しており、青色と赤色の棒グラフで示されている潜伏期間前と比べると、全体的な増加だけではなく、事故当時0〜5歳での症例数が劇的に増えているのが一目瞭然である。ちなみに、ウクライナで甲状腺がんのスクリーニングか開始されたのは1990年であるが[22]、1986〜1989年の間に発見された甲状腺がんが、無症状で偶然発見されたのか有症状での受診により診断されたのかは定かではない。

レター内では、ウクライナの事故後最初の4年間(青色)と福島の事故後最初の3年間(赤色)の年齢分布が "strikingly similar"(驚くほど似ている)と言及されており、事実、よく似ている。だがレター内では、事故後最初の4年間は、”放射線影響が見られない潜伏期間”としながら、"if thyroid cancers in Fukushima were due to radiation, more cases in exposed preschool-age children would have been expected"「もしも福島での甲状腺がんが放射線によるものであるとすれば、被ばくした4−5歳の子どもでの症例がもっと予測されたはずである」と、非論理的な主張をしている。

このような非論理的な主張は、少し形式は違うが、事故後の異なる期間でのベラルーシと福島との比較として、『The Lancet Diabetes and Endocrinology』掲載のコレスポンデンス "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl"(邦題「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」)でも繰り広げられている[23]。このコレスポンデンスの内容は、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会で資料8として高村昇委員により発表された。この発表に対する他の委員らの反応は、「5年以降に、そして10年目まで増えている。今まだ5年半だが、これからが問題で、しっかりした検査を続けていかなければいけない」(清水一雄委員)、「異なる年数や期間での比較はしてはいけない」(清水修二委員)、「これからその影響をしっかり見ていかないと最終的な判断ができないということは明らかなので、少なくともこれから5年、10年の検査は必要」(春日文子委員)というものだった。(詳細は、おしどりマコ氏の書き起こし記事を参照のこと)

まとめ
福島第一原子力発電所事故以降に福島県で見つかっている甲状腺がんはスクリーニング効果によるものだというのが、現時点での福島医大の公式見解である。つまり、大規模な集団スクリーニングの実施により、もっと後になるまで症状が現れなかったであろう散発性や潜在性のがんが多く見つかっている、ということである。しかし、手術症例に関するこれまでの限定的な発表と、今回の鈴木眞一氏の発表の臨床病理学的詳細によると、がんが甲状腺の外に広まり、リンパ節や肺に転移し、気管や反回神経に侵襲したりと、手術が実施された症例の大部分が手術適応だった、つまり、手術が必要だったことがわかる。結果的に過剰診断・過剰治療となった例はあるかもしれないが、個別のデータが開示されていない現状では判断できず、ほとんどの症例では手術が必要だったと思われるとしか言えない。実際、甲状腺検査の同意書の問診票で症状についてほとんど聞いてないことや、3 cmを超える腫瘍サイズなどを考えると、本当にすべての症例で無症状だったのか疑問であるが、二次検査の問診の内容が明らかでないので憶測にすぎない。

1巡目でも2巡目でも、福島県の甲状腺がんのほぼ半数が診断時に18歳以上であることを考えると、男女比の1:1.8は、低く思える。チェルノブイリでよく見られた組織型や遺伝子変化は福島では見られていないかもしれないが、これは、年齢、ヨウ素摂取状況や人種背景に関連しているという可能性もある。

今回のシンポジウムで、”福島はチェルノブイリとは違う” という発言が何度も繰り返された。実際のところ、福島とチェルノブイリは違う。延々とチェルノブイリと福島を比較することにより時期尚早に放射線影響を否定し続けるのではなく、透明性のある情報開示のもと、バイアスを持たない専門家らに福島のデータをありのままに解析してもらう時期なのではないだろうか?



参考文献
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[2] Harach HR, Williams ED. Childhood thyroid cancer in England and Wales. British Journal of Cancer. 1995;72(3):777-783.
[3] Williams ED, Abrosimov A, Bogdanova T, et al. Morphologic Characteristics of Chernobyl-Related Childhood Papillary Thyroid Carcinomas Are Independent of Radiation Exposure but Vary with Iodine Intake. Thyroid. 2008;18(8):847-852. doi:10.1089/thy.2008.0039.
[4] Robbins K, Clayman G, Levine PA, et al. Neck Dissection Classification Update: Revisions Proposed by the American Head and Neck Society and the American Academy of Otolaryngology–Head and Neck Surgery. Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2002;128(7):751-758. doi:10.1001/archotol.128.7.751.
[5] Ory C, Ugolin N, Schlumberger M, Hofman P, Chevillard S. Discriminating Gene Expression Signature of Radiation-Induced Thyroid Tumors after Either External Exposure or Internal Contamination. Genes. 2012;3(1):19-34. doi:10.3390/genes3010019.
[6] Tronko MD, Bogdanova TI, Komissarenko IV, Epstein OV, Oliynyk V, Kovalenko A, Likhtarev IA, Kairo I, Peters SB, and LiVolsi VA. Thyroid carcinoma in children and adolescents in Ukraine after the Chernobyl nuclear accident. Cancer. 1999;86:149–156. doi:10.1002/(SICI)1097-0142(19990701)86:1<149::AID-CNCR21>3.0.CO;2-A.
[7] LiVolsi, VA, et al. The Chernobyl Thyroid Cancer Experience: Pathology. Clinical Oncology. 23(4):261-267.
[8] Williams ED, Abrosimov A, Bogdanova T, et al. Morphologic Characteristics of Chernobyl-Related Childhood Papillary Thyroid Carcinomas Are Independent of Radiation Exposure but Vary with Iodine Intake. Thyroid. 2008;18(8):847-852. doi:10.1089/thy.2008.0039.
[9] Nikiforov YE, Seethala RR, Tallini G, et al. Nomenclature Revision for Encapsulated Follicular Variant of Papillary Thyroid Carcinoma: A Paradigm Shift to Reduce Overtreatment of Indolent Tumors. JAMA Oncol. 2016;2(8):1023-1029. doi:10.1001/jamaoncol.2016.0386.
[10] Ito Y. and Miyauchi A. Thyroidectomy and Lymph Node Dissection in Papillary Thyroid Carcinoma. Journal of Thyroid Research. 2011; Article ID 634170, 6 pages. doi:10.4061/2011/634170.
[11] Mitsutake N, Fukushima T, Matsuse M, et al. BRAFV600E mutation is highly prevalent in thyroid carcinomas in the young population in Fukushima: a different oncogenic profile from Chernobyl. Scientific Reports. 2015;5:16976. doi:10.1038/srep16976.
[12] Namba H, Nakashima M, Hayashi T, Hayashida N, Maeda S, Rogounovitch TI, Ohtsuru A, Saenko VA, Kanematsu T, and Yamashita S. Clinical Implication of Hot Spot BRAF Mutation, V599E, in Papillary Thyroid Cancers. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2003;88(9):4393-4397. 
[13] Nasirden A, Saito T, Fukumura Y, et al. Virchows Arch (2016). doi:10.1007/s00428-016-2027-5.
[14] Ito Y, Yoshida H, Maruo R, et al. BRAF Mutation in Papillary Thyroid Carcinoma in a Japanese Population: Its Lack of Correlation with High-Risk Clinicopathological Features and Disease-Free Survival of Patients. Endocrine Journal. 2009;5(1):89-97. 
[15] Fukushima T, Suzuki S, Mashiko M, et al. BRAF mutations in papillary carcinomas of the thyroid. Oncogene. 2003;22:6455–6457. doi:10.1038/sj.onc.1206739.
[16] Vuong HG, Kondo T, Oishi N, et al. Genetic alterations of differentiated thyroid carcinoma in iodine‐rich and iodine‐deficient countries. Cancer Medicine. 2016;5(8):1883-1889. doi:10.1002/cam4.781.
[17] Nikiforov YE, Rowland JM, Bove KE, Monforte-Munoz H, and Fagin JA. Distinct Pattern of ret Oncogene Rearrangements in Morphological Variants of Radiation-induced and Sporadic Thyroid Papillary Carcinomas in Children. Cancer Res. May 1997;57(9):1690-1694.
[18] Leeman-Neill RJ, Brenner AV, Little MP, Bogdanova TI, Hatch M, Zurnadzy LY, Mabuchi K, Tronko MD, and Nikiforov YE. RET/PTC and PAX8/PPARγ chromosomal rearrangements in post-Chernobyl thyroid cancer and their association with iodine-131 radiation dose and other characteristics. Cancer. 2013;119:1792–1799. doi:10.1002/cncr.27893.
[19] Givens DJ, Buchmann LO, Agarwal AM, Grimmer JF, and Hunt JP. BRAF V600E does not predict aggressive features of pediatric papillary thyroid carcinoma. The Laryngoscope. 2014;124:E389–E393. doi: 10.1002/lary.24668.
[20] Henke LE, Perkins SM, Pfeifer JD, Ma C, Chen Y, DeWees T, and Grigsby PW. BRAF V600E mutational status in pediatric thyroid cancer. Pediatr Blood Cancer. 2014;61:1168–1172. doi:10.1002/pbc.24935.
[21] Guan H, Ji M, Bao R, et al. Association of High Iodine Intake with the T1799A BRAF Mutation in Papillary Thyroid Cancer. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2009;94(5):1612-1617. doi:10.1210/jc.2008-2390.
[22] International Advisory Committee. The International Chernobyl Project. Assessment of radiological consequences and evaluation of protective measures. 
Technical Report. Vienna: International Atomic Energy Agency; 1991.
[23] Takamura N, Orita M, Saenko V, Yamashita S, Nagataki S, and Demidchik Y. Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl. The Lancet Diabetes & Endocrinology. 2016;4(8):647. doi:10.1016/S2213-8587(16)30112-7.

2016年9月14日水曜日

メモ:2016年9月14日発表の甲状腺検査結果の数字の整理

2016年9月14日に開催された第24回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字をメモ的に整理した。データは2016年6月30日時点のものである。1巡目結果は、前回の2016年6月6日開催の第23回県民健康調査検討委員会で公表された追補版に掲載されているデータであるが、前回のメモから変化はない。2巡目結果は、まだ二次検査の進捗率が66.6%であり、確定版ではない。2016年5月1日から開始された3巡目結果によると、まだ一次検査受診者の結果で確定しているものはない。また、2巡目で悪性ないし悪性疑いとされた59人の先行検査結果についても、簡単にまとめた。

先行検査(1巡目)
悪性ないし悪性疑い 116人
手術症例      102人(前回から変化なし)(良性結節 1人と、甲状腺がん 101人:乳頭がん100人、低分化がん1人)
手術待ち       14人

本格検査(2巡目)
悪性ないし悪性疑い 59(前回から2人増)
手術症例      34人(前回から4人増)(甲状腺がん 34人:乳頭がん 33人、その他の甲状腺がん**1人)
手術待ち      25人

合計
悪性ないし悪性疑い 175人(良性結節を除くと174人
手術症例      132人(良性結節 1人と、甲状腺がん 135:乳頭がん 133人、低分化がん 1人、その他の甲状腺がん**1人)
手術待ち        39人

(**「その他の甲状腺がん」とは、2015年11月に出版された甲状腺癌取り扱い規約第7版内で、「その他の甲状腺がん」と分類されている甲状腺がんのひとつであり、福島県立医科大学の大津留氏の検討委員会中の発言によると、低分化がんでも未分化がんでもなく、分化がんではあり、放射線の影響が考えられるタイプの甲状腺がんではない、とのこと。)

***

本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された59人の先行検査結果
A1判定:28人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:26人(結節 7人、のう胞 19人)
B判定: 5人(先行検査では最低2人が細胞診をしている)

2016年8月5日金曜日

和訳と考察 長崎大学&ベラルーシ研究発表「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」


The Lancet: Diabetes and Endocrinology (「ランセット:糖尿病と内分泌学」)2016年8月号に、長崎大学(高村昇、折田真紀子、ウラジミール・サエンコ、山下俊一、長瀧重信)とベラルーシ(ユーリ・デミチク)の共同研究が、コレスポンデンスとして掲載された。これは、2016年8月4日に福島民報に掲載された記事で言及されている論文だと思われる。以下は非公式和訳である。



放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ

ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所事故から30年、そして福島第一原子力発電所での危機から5年が過ぎた。チェルノブイリ災害後、ベラルーシ、ロシアとウクライナにおいて、事故時に放出された放射性ヨウ素に被ばくした小児と思春期の青年らの間で甲状腺がんのかなりの増加が報告された。このチェルノブイリでの経験に基づいて、福島県民健康調査の枠組み内で甲状腺超音波検査が行われている。この検査は福島事故当時18歳未満(原文ママ:実際には事故当時18歳「以下」)だった住民すべて(およそ36万人)が対象である。2011年10月から2014年3月に実施されたスクリーニングの1巡目では、受診者 300,476人中113人が、甲状腺悪性腫瘍確定または疑いとされた。

福島事故後の甲状腺がんの発見は、現代的で精度の高い超音波技術によるスクリーニングの影響かもしれない。この問題を調査するために、福島での放射線被ばくと甲状腺がんの間の因果関係は、特にチェルノブイリからの既存の証拠に対して注意深く評価されるべきである。

チェルノブイリでは、被ばくした小児の甲状腺被ばく線量平均値は、ベラルーシで 560 mSv[SD 1180]、ウクライナで 770 mSv[260]と推計された。一方、事故後に福島の1000人以上の 0〜14歳の小児の 99%で報告された甲状腺被ばく線量は、15 mSv未満だった。これらの低いレベルでは、福島での被ばく線量が、被ばくの可能性から 4年以内に検出可能な甲状腺がんの過剰例を起こした可能性は低い。

もうひとつの考慮すべき重要点は、2つの事故後の患者の年齢である。ベラルーシでは、事故前に設置されたがん登録によると、事故後最初の4年間(1986〜1989年)に被ばく時に0〜15歳だった患者で25例の甲状腺がんの手術例が報告された。この数字は、1990〜1994年に 431例、1995〜1999年に 766例、そして 2000〜2003年には 808 例に増えた。特に、1990年以降、事故当時 0〜5歳だった小児での甲状腺がん発症率が大きく増加し、この年齢グループは放射線の影響に特に脆弱であると示唆された。チェルノブイリ後の甲状腺がん手術例は、年齢が低いグループで最も多かったが、これは事故後 4〜10年経ってからのことであった。これらのチェルノブイリでの観察に基づくと、福島事故後に、年齢が低いグループでなく、年齢が高いグループで多くの甲状腺がん症例が発見されたことは、スクリーニング効果である可能性がある(図)。

福島での連続したスクリーニングは継続されるべきであり、患者の年齢分布はチェルノブイリでの原型的な放射線誘発性パターンと定期的に比較されるべきである。


図:(A)ベラルーシで事故当時0〜15歳だった患者での甲状腺がん手術症例数 
  (B)福島で事故当時0〜18歳だった患者での甲状腺がんの診断症例数 

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福島民報記事のテキスト


「小児甲状腺がん増加考えにくい」 長崎大高村教授ら

 長崎大の原爆後障害医療研究所の高村昇教授(48)らの研究チームは、本県とチェルノブイリの甲状腺がんの発症パターンの相違を初めてデータで裏付ける研究論文をまとめ、3日までに英国の医学専門誌に発表した。高村教授は、研究結果に基づき、「福島県内ではチェルノブイリのような放射線被ばくによる小児甲状腺がんの増加は考えにくい」と結論付けた。

 研究チームは、昭和61(1986)年に発生したチェルノブイリ原発事故後の甲状腺がん発症が、事故当時ゼロ~5歳だった世代で事故4年後以降に顕著に増加したことを、ベラルーシの大規模な統計データを分析して明らかにした。一方、本県では東京電力福島第一原発事故の発生当時ゼロ~5歳の世代では先行検査の段階では発症が確認されていないとして「発症状況が大きく異なる」との見方を示した。

 研究チームは、チェルノブイリ原発事故の影響を最も受けたとされるベラルーシで事故前から国全体で実施されていた「がん登録」を活用。がんと診断された症例を国家レベルで登録するシステムで、毎年各種がんがどの程度診断されたかを把握できるため、登録内容を分析した。

 この結果、チェルノブイリ原発事故発生から4年間で、事故当時にゼロ~5歳だった世代で甲状腺がんと診断されたのは4例(ゼロ~15歳では15例)だった。事故後5年~8年では228例(同431例)、事故後9年~13年では440例(同766例)、事故後14年~17年では382例(同808例)と、幼児期での発症拡大が確認された。

 平成23(2011)年の福島第一原発事故後、県内で行われた県民健康調査の甲状腺検査の先行検査では悪性か悪性の疑いと診断された116人はいずれも事故当時、6歳以上の子どもだった。

*****

考察

チェルノブイリ事故後の甲状腺がん発症率が「事故当時ゼロ~5歳だった世代で事故4年後以降に顕著に増加」したことを、「東京電力福島第一原発事故の発生当時ゼロ~5歳の世代では先行検査の段階では発症が確認されていない」ことと比較するのは、事故後の異なる時期(チェルノブイリの事故4年後以降 vs. 福島の事故後最初の4年)での比較であり、意味がない。それにも関わらず、福島での甲状腺がんに関連する論文などでは、一貫してその比較がなされている。

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米国甲状腺学会の学会誌 Thyroid に掲載された、先行検査結果についての論文(関連ツイートまとめはこちら

米国臨床腫瘍学会年次総会のウェブサイトに掲載された山下俊一氏の論考(関連ツイートまとめはこちら
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2014年10月にThyroid誌に投稿されたエディターへのレターでは、ウクライナと福島での事故後最初の4年間の甲状腺がん症例の年齢分布が「似ている」とされている。ウクライナでは、チェルノブイリ事故後4年目の1990年以降に、事故当時5歳以下だった人たちでの甲状腺がん症例数が急増した。このレターでは、福島県での甲状腺がんが放射線影響であったなら、事故後最初の4年間で、事故当時4〜5歳だった人たちで甲状腺がん症例が見られたはずである、とされている。(レターの和訳はこちら

海外の専門家らの中には、事故後の異なる時期よりもさらに大雑把な、チェルノブイリでの時期不特定の期間の小児甲状腺がん症例と福島事故後最初の3年間の甲状腺がん症例の年齢別発生頻度を同じグラフに重ね、福島で事故後最初の3年間に事故当時5歳以下の症例が見られないから放射線影響ではないだろう、と結論づけている人たちもいる。

なぜこのような非論理的な比較が容認されるのか、不思議である。

そもそも、チェルノブイリの知見に基づいて、放射線誘発性甲状腺がんの潜伏期間は4〜5年であるとされている。この前提では、事故後最初の4年では、事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんは見つからないことになる。

事故後最初の4年間で事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんが発症していないから、福島県の小児甲状腺がんは放射線影響でない、と主張するのは矛盾している。その主張が有効であるためには、実際の潜伏期間がもっと短いことを認めるか、あるいは、潜在がんが放射線被ばくにより急速に成長したかもしれないような症例も放射線影響であるとみなさざるを得なくなる。そうすると、事故後最初の4年間が潜伏期間であるから放射線影響の甲状腺がんは見つからないだろうという前提で「ベースライン」とされている先行検査がベースラインであること自体も、無効になる。大体、有害物質への曝露を受けた集団をベースラインとすることは科学的に妥当なのか?という問題もある。他にデータがないから、やむを得ずベースラインとして扱うというのならまだ理解の余地がある。だが、鈴木眞一氏らは、あちこち(英語圏のみ?)で、先行検査を「ゴールド・スタンダード」とまで呼んでいる。

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2015年の国際甲状腺学会での鈴木眞一氏と長瀧重信氏の講演に基づく記事
(関連ツイート https://twitter.com/YuriHiranuma/status/657042965320208384



2016年2月末に、日本内分泌学会の英語学術誌『Endocrine Journal』に掲載された、甲状腺検査の先行検査の1年目の平成23年度(2011年度)対象市町村のみの結果についての論文「福島での甲状腺超音波検査のプロトコールと先行検査の暫定結果[速報]」(注:先行検査の結果は2015年8月に最終版が出ているのに、その後に「速報」を出すのも不思議である。)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26924746
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県民健康調査の甲状腺検査は、現時点で2巡目が終了してはいるが、2016年6月6日に発表された最新結果では、まだ、いわき市を含む平成27年度対象市町村での2次検査の受診率が40%ほどである。この最新結果では、いわき市の事故当時5歳の男性が甲状腺がん疑いの診断を受けている。いわき市の2次検査対象者数は322人で、平成27年度対象市町村の2次検査対象者の約4割を占める。322人中、実際に2次検査を受診したのは105人で、結果が確定しているのは74人と、4分の1の結果しか出ていない。いわき市は避難区域外であり、福島第一原発からの放射能プルームが通過した際に防護せずに被ばくした可能性のある人が多い。甲状腺被ばく線量の直接測定である「1080人調査」で、被ばく線量が最大とされたのは、いわき市の子どもだった。

事故後の異なる時期の甲状腺がん症例の年齢分布の比較により放射線影響を否定するのではなく、チェルノブイリで事故当時5歳以下での甲状腺がん症例が増え始めたのと同時期、つまり福島での甲状腺検査の2巡目以降での年齢分布を比較するのが科学的ではないだろうか?

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追記(2016年8月8日)

上記の図であるが、右の福島の甲状腺がん症例数を示したグラフの縦軸のスケールは、ベラルーシのグラフの甲状腺がん手術症例数を示したスケールの5分の1(20、40、60、80、100、120の代わりに、正しくは 4、8、12、16、20、24)であるべきなのに、ベラルーシと同じになっている。コレスポンデンスには査読がないのかもしれないが、編集者は気づかなかったのだろうか?

また、ベラルーシのデータが年齢15歳までである一方、福島のデータは、2015年8月31日に開催された第20回県民健康調査検討委員会で発表された先行検査結果概要確定版の図4が元となっており、事故当時年齢18歳までが入っている。ランセットのコレスポンデンス内では、”これらのチェルノブイリでの観察に基づくと、福島事故後に、年齢が低いグループでなく、年齢が高いグループで多くの甲状腺がん症例が発見されたことは、スクリーニング効果である可能性” とされている。そもそも年齢グループの範囲が異なる2集団を比較することからして論理性に欠けているが、チェルノブイリでの15歳までの観察に基づいて、福島での「年齢が高いグループ」(原文では「グループ」が複数の記述であるので、後述に引用されている図の福島データのグラフで突出した年齢グループに含まれている16〜18歳グループも視覚的に含まれると思われる)についての結論を出すことの論理性も疑問である。こちらも編集段階をすり抜けたのだろうか?

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追記その2(2016年8月8日)

ランセットオンライン版に、8月3日に図の訂正版が掲載されていた。(下記参照)



追記その3(2016年10月7日)

下記の発表内では、「ゴールド・スタンダード」が言及されていないことを確認したので、実際に言及してある『Endocrine Journal』掲載論文の情報(上記参照)と差し替えた。しかし、下記の発表は、山下俊一氏が臨床腫瘍学専門家らに福島での甲状腺がんの実態を「正しく」理解してもらうことを目的に書かれていることを踏まえると、懸念されるものである。


2015年3月5〜8日にサンディエゴで開催された、内分泌学会の年次集会での山下俊一氏の発表「福島原子力発電所事故後の福島甲状腺超音波検査の3年間の結果と将来の展望」